認定理学療法士(脳卒中)のダイリハです。

ここでは学生から新人セラピストを対象に「いまさら聞けない姿勢制御」と題して、姿勢制御について簡単にわかりやすく解説しています。
第3章の9回目は「どんな場面で感覚の重みづけは変わるのか?」です。
前回、脳は状況に合わせて「視覚」「体性感覚」「前庭感覚」の頼る割合(重み)を瞬時に切り替えているとお話ししました。
では、具体的にどんな場面でその「スイッチ」が切り替わる(感覚の再重みづけ:Sensory reweighting)のでしょうか?今回は少しだけ研究の視点も交えて解説します。
姿勢制御の研究(Peterka, 2002など)によると、私たちが硬くて平らな床に立っている時、脳は情報の約70%を足の裏からの「体性感覚」に頼っています。視覚は約10%、前庭感覚は約20%と言われています。
しかし、この割合が劇的に変わる、臨床でもよく遭遇する「ある場面」があります。
それが「周囲の景色が動いている場面(視覚情報の複雑化)」です。
例えば、人がせわしなく行き交う病棟の廊下や、商品がズラリと並び人がカートを押して歩くスーパーマーケットを想像してみてください。
このような場所では、自分の周囲の景色が常に動いています(これをオプティカルフローの乱れと呼びます)。
健常な脳は、この「動く景色(視覚情報)」に惑わされないよう、瞬時に視覚への重みづけを減らし、代わりに足の裏(体性感覚)や耳の奥(前庭感覚)のセンサーに頼る割合をグッと増やしてバランスを保ちます。
しかし、多くの海外文献(Bonan et al., 2004など)でも指摘されている通り、脳卒中を呈した患者さんは、麻痺側の体性感覚が当てになりにくいため、無意識のうちに「視覚依存」という、視覚に過剰に頼る戦略をとってしまいがちです。
視覚に頼りきっている状態のまま、人が行き交う複雑な環境(廊下やスーパー)に出たらどうなるでしょうか?
脳は動く景色に引っ張られ、「自分が揺れている!」と錯覚してしまいます。視覚のスイッチを弱めて体性感覚に切り替える「再重みづけ」がうまく機能しないのです。
だから、静かで景色が動かないリハビリ室ではスタスタ歩けるのに、人が多い病棟の廊下に出た途端、足がすくんで動けなくなったり、ふらついたりしてしまう方が多いんです。
これは「環境のノイズが増えて、感覚の切り替え(再重みづけ)が追いつかずエラーを起こしている」状態なんです。
この「視覚依存」と「感覚の切り替え」という視点を持つと、退院に向けた病棟での歩行練習や、「どんな環境で練習すべきか?」という設定の考え方が大きく変わってきますよ。
次回は「体験してみるとわかる感覚の重みづけ」というタイトルで、実際に皆さんの身体でこの不思議な現象を味わってみましょう。
臨床での具体的なアイデアにお困りの方はぜひダイリハのInstagramやnote、YouTubeを覗いてみてください。

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